私の離婚

鈴木亜紀子。今は笑って暮らしていますが、私もあなたと一緒で不安でした。

今から、ものすごく恥ずかしい話をするので、
ただの興味本位の方は読まないでください。
私のことを知っている方も読まないでください。
(恥ずかしいので)

ここから先は離婚を考える女性のために書きます。
「あなたは(他の人とは)違う」
「あなたは強いから離婚できた」
と言われてしまうと、寂しいです。

あなたに知ってほしいのです。

私も、あなたと同じように、
不安に押しつぶされそうになりながら、
苦しんで、悩んで、自身を失っていたということを。

離婚する人は「特別な人」でも、
「強い人」でもないということを。

私も、あのときには
自分を失っていて、
強くもなく、
不安だらけで、
自信もありませんでした。


初めての育児は、
楽しくて幸せでもあったのですが、
戸惑うことも、疲れることも、
自己嫌悪になることもたくさん。

毎日子供が泣くのは私がダメなママだからなの?
泣き止ませられない私はダメなママなの?
子供が夫に懐かないのは私のせいなの?
毎日、汗だくで、睡眠不足で、フラフラで、
どうしたらいいのかわからなくて
不安になっていました。

ちょうどそのころ、
夫は仕事でストレスを抱えていて、
家で私にあたるようになっていた時期でした。

私は、疲れと睡眠不足でボーっとする頭の中、
自分が、キャリアもつめなかったくせに、
選んだはずの「女の人生」すら満足にできていない、
ダメな人間なんだと、自己嫌悪でいっぱいでした。

そんな中、当時の私の世界では
唯一会話ができる存在であったはずの夫に、
口を開けば
「オマエはダメだ」
「オマエのここがおかしい」
「オマエはおかしい」
と言われて、自信喪失していました。

いつの間にか、
夫に怯えを感じるようになっていました。

何が悪いのか、何が原因になるのか
わからず、

いつ夫に否定されるか、
いつ夫の機嫌が悪くなるかと、
いつもビクビクしていました。


夫はあまり家にいない人で、
1週間のうち5日帰ってこないなんてザラ.。
(あ、お仕事で)
週末は、東京やらどこかへ泊りで出かける。
週末に家にいるときは、
朝まで呑んで来て、夕方起きてくる。
という生活でした。


たぶん羨ましかったのだと思います。

今も面白い仕事をしている夫が。

子供ができる前は夫婦共(一緒に)、
よく遊んでいたのに、
子供ができても変わらず遊んでいる夫が。

夫も東京の大学を出たので
そちらに友達がいたのですが、
毎月四国から東京に行って楽しく遊んでいる夫が。

「新潟に花火を見に行く」など、
いろいろなところに自由に出かける夫が。

子供が泣いていようと、
夜も朝も昼も、寝ていられる夫が。

子供が泣いていようと、しらんぷりできる夫が。

遊びに行きたい、朝寝坊したいとまでは言わない、
ただせめて、
足元にまとわりついて離れない娘が
ケガをしないかヒヤヒヤすることなく
落ち着いてご飯くらいつくりたかった。
お洗濯くらい、途中で子供に泣かれることなく
スッキリ一度にやりたかった。

「全部自分がやらなくちゃ」
「もっと完璧に母親業をやらなくちゃ」
と思っていました。
(完全母乳に布オムツ、手作りおやつで
 ほぼ毎日お出かけにも連れて行っていたのに)


たぶん羨ましかったのだと思います。

周りの新米ママさんたちが
(夫の仕事の関係の方の奥様同士で
 お付き合いさせていただいました。
 みんな夫の転勤で四国に来ているので、
 実家は近くになく、核家族で
 初めての子育てを迎えます。)

「夫がいなくちゃ買い物にも行けない」
「夫が早く帰ってきてくれないと、私は怒るよ」
「うちのダンナ、今週末出張なんだって、信じられん」
「早く休日にならないかな。
 休日夫がいてくれるからいいけど、平日は嫌」
と言っていることが。

私が1人でどこにでも子供を連れて行って、
子供向けイベントの長い待ち時間も
どうにかこうにかやりくりしている中、
夫と同じ会社で、夫と同じように
金曜の夜に呑んでいたはずのダンナ様と一緒に、
週末のショッピングセンターでの
アンパンマンショーに
お子さんと来ている姿が。
夫を頼り「一緒に子育てをしている姿」が。


初めての子育てなので、
今思えば「それくらいのこと」なんですが、
当時は、自分の中で
うまく気持ちを整理できなかったんですよね。

自分の気持ちに気づいて、
早い段階で夫に甘えれば良かったのに、
私は夫に甘えることができませんでした。

若かったからでしょうか。
小さなころから「しっかりしている」
と言われ続けてきたせいでしょうか。

夫に「オマエはダメだ」と否定されて、
「私がダメなんだ。もっと頑張らなくちゃ」
と思い込んでいたせいでしょうか。

当時は初めての育児で混乱していたうえ、
専業主婦で外の世界をあまりもっていなかったので、
夫に否定されることは
「たった1人の人間に否定されること」ではなく、
私にとっては大きな意味を持っていたのです。


「養ってもらっている」という
「負い目」もありました。

「夫の稼いだお金で生活させてもらっている」
だから、子供のことはすべて
自分が請け負って当たり前だと。

実際に、夫からも
「子供はともかく、
 オマエまで養ってやっているんだ」
と言われたことがありますが、

今にして思うと、私自身が1番、
養ってもらっていることにこだわっていた
(負い目を感じていた)のだと思います。
男社会の銀行に総合職で入行したような私ですから。

きっと、私が上手に夫に甘えることができていたら、
今頃、違う人生になっていたことでしょう。

(結婚を続けていれば「楽」だったとは思いますが、
 今の人生が楽しいので何の後悔もありませんけど。
 でも、今なら
 自分が未熟だったことがわかります。)


気づくと、
周りの新米ママさんたちが
「夫がいなくちゃ」
と言っている中、
「夫がいなくてもOK」

それがいつの間にか、
「夫がいない方が楽」
になっていました。

夫がいるとやりにくい。
いえ、恥を忍んで書けば、
「夫がいると怖いから嫌」
「夫がいると辛い」。

顔色をうかがって気を遣って生活しているのに、
いつキレられるかわからない。

「夫が帰ってくる」というだけで、
呼吸が浅くなり、頭に酸素が行かなくなり、
ロクに物事が考えられなくなって
(気分だけで、実際には頭に酸素行っていますが)
何かのスイッチが入ってしまっていました。
(逆かな?何かのネジが外れるのかな?)

夫が家にいるときの私は、「能面」でした。
目は半開き、何も見ない目でした。
頭は停止、何も考えない頭でした。
心も停止、何も感じないようにしていました。
(ただ、怒られないようにと気は遣っていましたが)


「離婚」の文字は常に頭にありました。
でも、すごくすごく不安でした。

これまで家庭を理由に、
自分の人生を細切れに変えてきて、
大したキャリアもなくて、
当時は専業主婦で、
自分に生活能力(稼ぐ力)が
あるかどうかなんてわからなかった。

夫からの
「離婚を考えるなんて母親失格だ。
 親になる資格なんてない」
「オマエ、(シングルマザーで子供育てるなんて)
 できると思うなよ」
という言葉も、重くのしかかっていました。

外の世界をあまり持たなかった私は
「サーカスの象」状態。
本当は自分にどれだけの力があるのかわからず、
「オマエはダメだ」を言われるたび
それを信じて、
「私はダメだ」「私にはできない」
と思い込んでいました。


娘のオシャベリが上手になってきたとき、
娘が、夫と私の不仲を理解しだしたとき、
「そろそろ、この家族関係を続けるのは
 限界かもしれない」
と感じました。

3歳の娘が、大人の私に
気をつかっているのを感じたとき
すごく情けないと思いました。

3歳の娘が、
不安定な夫婦関係と不安定なママのせいで、
周りの人間の顔色をうかがうような子になるのは
嫌でした。
のびのび子供らしく生きてほしかった。
自分の頭で考えたことを、
自分が信じた通りに行い、
自分を大切にする人間になってほしかった。

本当のイライラの原因は娘ではないのに、
自分の不安定とイライラを、
小さくて弱い、そして1番大切なはずの
娘にあたってしまったとき、
「もう絶対離婚しよう」と決めました。

娘を、イライラした不安定なママの元で
育てたくない。
忙しくてもカッコいいママの後ろ姿を見せて
育てたい。

今の私を見て、
「女性はこういうものだ」
「母親になるというのはこういうことだ」
と思ってほしくなかった。

「人生は素晴らしい」
「女って楽しい」
「大人って素敵」
と思ってほしい。
そう考えました。


それまでは自分でも
「シングルでは生活できないかも。
 この子の将来の幅を狭めるかも」
と不安もあったので、
何度か離婚を切り出したものの、結局夫からの反対で
(上で書いたような「離婚したいなんて母親失格だ」
 という夫の言葉を真に受けて)
なかなか踏み切れずにいました。
それどころか、離婚を考える自分を責めていました。

ところが、ようやく夫も
話し合いのテーブルについてくれました。

離婚の話し合いは、すごく辛かったです。

夫は、私の言うことは聞かず、
誰かに決めてもらえば従うのはわかっていましたが、
(こういう男性って多いですよね)

財産があるわけでもなく、
次のスタートがギリギリきれるかどうか
というレベル。

(引っ越しもあるし、
 離婚してすぐ収入にありつけるわけでもないし)

もちろん、そんな状況で弁護士など、
もったいなくて頼みません。

何ヶ月もかけて調停をするなんて、
私の精神が持ちません。
まして、夫は弁がたつので、
夫が調停で「離婚したくない。やり直したい」と
訴えたら、もう私の行く先はありません。

夫には
「調停でも裁判でもやってやるよ」
と言われましたが、
「中途半端な状態を長く続けることが
 子どもにとって良いわけがない」
と2人の話し合いで離婚することにしました。

夫と話すのは、とても怖くて苦痛でしたが、
「子供の将来のため」と自分を奮い立たせました。

離婚を切り出してから、東京の家を出るまでは、
本当に怖かったし、
不安でどうにかなりそうでした。


離婚する前は、「離婚したい」などと言うと、
「そんなこと言うもんじゃない」
「生活費をもらっているじゃない」
「辛抱が足りない」
「最近の若い子は」
などと非難されることが多かったのですが、

実際に離婚してしまってからは、
「頑張ってるねー」
と応援してもらえます。
(なぜか、そんなもんです。)

離婚する前は、
離婚した知り合いがいなかったけれど、
離婚してしまってからは、実は周りに
離婚経験者がたくさんいることに気づきます。
(統計上は結婚した3組のうち1組は離婚しているわけですから)


シングルマザーは、たしかに、大変です。
覚悟のない人にシングルマザーに
なってもらいたくはないです。

離婚後は、生活費を稼いでくることと、
毎日の子供の生活を守ること、
過去のパパ分とママの2人分をやればいいだけかと
思っていましたが、

子供という思い通りにならない生き物を抱えて
同時に2人分やろうとすると
単純に2倍では足りませんでした。

いろいろ大変です。
時間も、お金も、体力も、精神状態も。
今でも不安と生活しています。

でも、離婚したことに対する後悔は
1ミリもありません。

離婚前の私は、
物事を見ないように、
半開きの目で過ごしていました。
期待しないように、傷つかないように、
自分の主張を持たないように、
頭も気持ちも動いていませんでした。
自分に、自信も愛情ももてませんでした。
自分が嫌いでした。

今は、
頭と心を使って物事を見るようになりました。
自分のことを前より好きになることができました。

自分を取り戻した気持ちです。
自分の人生を生きています。
私は今、幸せです。


私がここまで来られたのは、
私1人だけの力ではありません。
最も私を支えて応援してくれた娘を、
絶対に幸せにする。

それだけでなく、
私のことを応援してくれた方たちへの
ご恩返しとして、
今度は、私が辛い人を支えます。

それが、この「離婚のおくすり」であり、
エール行政書士事務所の離婚相談や
離婚のサポートです。